藤原伊織
藤原伊織の長篇第一作『テロリストのパラソル』(講談社文庫)は平成7年第41回江戸川乱歩賞と平成7年下期第114回直木賞をW受賞した、文句なく日本ハードボイルド小説の傑作である。的確で滋味あふれる深い文章が特徴で、巧みな会話が魅力的。構成もよく練られていて、意表を突くあざやかなストーリーの展開に強く魅かれ、最後まで興味津々。
主人公の語り声がそばに聞こえるようだ。「アル中バーテンダーの島村は、過去を隠し二十年以上もひっそり暮らしてきたが、新宿中央公園の爆弾テロに遭遇してから生活が急転する。ヤクザの浅井、爆発で死んだ昔の恋人の娘・塔子らが次々と店を訪れた。知らぬ間に巻き込まれ犯人を捜すことになった男が見た真実とは・・・・。」(文庫版の裏表紙より) 全共闘世代のひとには、特に興味をもつ物語でしょう。このひとの作品は、いつまででも読んでいて味を噛みしめていたい文章で成立している。現代ミステリー小説家のなかでは随一の文章家といってもいいほど。結城昌治の現代版かと思った。短篇集『雪が降る』(講談社文庫)はミステリーというより普通小説に近いが、とても味わい深いよい作品だ。『てのひらの闇』(文春文庫)もお薦め。『蚊トンボ白鬚の冒険 上・下』(講談社文庫)は珍妙な趣向の小説である。奇想小説か。ミステリーではないが、読ませる力はなみではない。読者を選ぶ小説であろう。ともあれ新作が刊行されれば必ず購入したい注目の作家。